目覚めると祖母の代わりに美しい女がいた。
時が止まったままの、祖母の娘。
「…おはよう」
魔女という名とはまるで無縁な、穏やかで優しい声が響く。
だがその瞳は色を失ったように、表情という表情を見せない。
何と返してよいものか分からず、まずは体を起こした。
景色は変わらない月明かりの下。
まだ空には星が瞬く時間。
夢の中での祖母との逢瀬は思ったよりも短い時間だったらしい。
「…貴女を救う鍵を与えた魔女、彼女は…つい先日、亡くなりました。」
挨拶の代わりに出たのはこんな言葉だった。
いきなりでどうかとも思ったが、彼女には知る権利があるだろうから…。
「…そう、なの…」
声だけで感情は読めない。
でも、少しでも悲しんでくれたら…。
祖母の為にも、そう思った。
「僕は貴女だと聞きました。僕は、貴女を救えると。何を、すればいいでしょう?」
彼女はじっと僕を見た。
僕がまだ子供だから、殺させることに躊躇いでも感じているのか?
見た目だけならそんなに変わらないのに。
やがて彼女は僕から空へ視線を移した。
まるで今は亡き祖母に是非を問いかけるように…。
「…私と貴方の魂が触れ合えば…浄化されるでしょう。」
言われてもよく分からなくて、軽く首を傾げると、互いに抱き締め合うだけですと説明された。
「今少し…私に時間をくれませんか?あの方…あの優しい魔女に、お礼代わりに歌を…捧げたいの。」
僕は黙って頷いた。
急ぐことでもないし、何より祖母が喜ぶだろうから。
魔女は小さくありがとう、と言って立ち上がった。
目を閉じて紡ぐのは穏やかな鎮魂歌。
幾千もの時を彼女と過ごしたであろう歌。
彼女自身に向けて歌われてきた歌が今、母に向けて歌われている。
森に響くその済んだ歌声は、空へと消えていく。
永久にも刹那にも感じられる時だった。
魂が一緒だからだろうか。
その歌は僕の心までも鎮めていく。
居場所を無くした哀しみも、愛されなかった哀しみも、背負った罪の哀しみも、全てを忘れ、穏やかな気持ちで満たされる。
けれどその時に永遠はない。
歌は終わりを告げ、魔女は祈りの言葉で締めくくると、僕に向き直った。
「―そろそろ、終わらせましょうか。」
出逢った時と変わらない、優しい声で魔女は言った。
8に続く
時が止まったままの、祖母の娘。
「…おはよう」
魔女という名とはまるで無縁な、穏やかで優しい声が響く。
だがその瞳は色を失ったように、表情という表情を見せない。
何と返してよいものか分からず、まずは体を起こした。
景色は変わらない月明かりの下。
まだ空には星が瞬く時間。
夢の中での祖母との逢瀬は思ったよりも短い時間だったらしい。
「…貴女を救う鍵を与えた魔女、彼女は…つい先日、亡くなりました。」
挨拶の代わりに出たのはこんな言葉だった。
いきなりでどうかとも思ったが、彼女には知る権利があるだろうから…。
「…そう、なの…」
声だけで感情は読めない。
でも、少しでも悲しんでくれたら…。
祖母の為にも、そう思った。
「僕は貴女だと聞きました。僕は、貴女を救えると。何を、すればいいでしょう?」
彼女はじっと僕を見た。
僕がまだ子供だから、殺させることに躊躇いでも感じているのか?
見た目だけならそんなに変わらないのに。
やがて彼女は僕から空へ視線を移した。
まるで今は亡き祖母に是非を問いかけるように…。
「…私と貴方の魂が触れ合えば…浄化されるでしょう。」
言われてもよく分からなくて、軽く首を傾げると、互いに抱き締め合うだけですと説明された。
「今少し…私に時間をくれませんか?あの方…あの優しい魔女に、お礼代わりに歌を…捧げたいの。」
僕は黙って頷いた。
急ぐことでもないし、何より祖母が喜ぶだろうから。
魔女は小さくありがとう、と言って立ち上がった。
目を閉じて紡ぐのは穏やかな鎮魂歌。
幾千もの時を彼女と過ごしたであろう歌。
彼女自身に向けて歌われてきた歌が今、母に向けて歌われている。
森に響くその済んだ歌声は、空へと消えていく。
永久にも刹那にも感じられる時だった。
魂が一緒だからだろうか。
その歌は僕の心までも鎮めていく。
居場所を無くした哀しみも、愛されなかった哀しみも、背負った罪の哀しみも、全てを忘れ、穏やかな気持ちで満たされる。
けれどその時に永遠はない。
歌は終わりを告げ、魔女は祈りの言葉で締めくくると、僕に向き直った。
「―そろそろ、終わらせましょうか。」
出逢った時と変わらない、優しい声で魔女は言った。
8に続く
PR
この記事にコメントする