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沙羅が日々の出来事を気まぐれに綴っていきます。 アニメ、漫画の感想に関してはネタバレ注意。
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両手を広げる彼女の元へ、一歩ずつ近づいていく。
どこか懐かしさを覚えるのは魂が同じだからか、大好きだった祖母の実の娘だからか…。
あるいはその両方か…。
次第に縮まっていく距離。
美しい魔女はただ両手を広げて待っているだけ。
迷う必要など僕にはなかった。
もうどこにも居場所がないのだから、逃げても無意味であると知っていた。
それでも一歩ずつ、少しずつ歩を進めるのは、刻みたいからだ。
何の役にも立たないと、邪魔者だと言われ育った僕が、やっと人の役に立てる時が来た。
罪を背負っていたとしても、僕には嬉しくて、誇らしくいられる瞬間だった。
だから形として残らなくても、想いという見えない形を、しっかり地を踏みしめることで残したい。
そう感じたからだ。





9に続く
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目覚めると祖母の代わりに美しい女がいた。
時が止まったままの、祖母の娘。
「…おはよう」
魔女という名とはまるで無縁な、穏やかで優しい声が響く。
だがその瞳は色を失ったように、表情という表情を見せない。
何と返してよいものか分からず、まずは体を起こした。
景色は変わらない月明かりの下。
まだ空には星が瞬く時間。
夢の中での祖母との逢瀬は思ったよりも短い時間だったらしい。
「…貴女を救う鍵を与えた魔女、彼女は…つい先日、亡くなりました。」
挨拶の代わりに出たのはこんな言葉だった。
いきなりでどうかとも思ったが、彼女には知る権利があるだろうから…。
「…そう、なの…」
声だけで感情は読めない。
でも、少しでも悲しんでくれたら…。
祖母の為にも、そう思った。
「僕は貴女だと聞きました。僕は、貴女を救えると。何を、すればいいでしょう?」
彼女はじっと僕を見た。
僕がまだ子供だから、殺させることに躊躇いでも感じているのか?
見た目だけならそんなに変わらないのに。
やがて彼女は僕から空へ視線を移した。
まるで今は亡き祖母に是非を問いかけるように…。
「…私と貴方の魂が触れ合えば…浄化されるでしょう。」
言われてもよく分からなくて、軽く首を傾げると、互いに抱き締め合うだけですと説明された。
「今少し…私に時間をくれませんか?あの方…あの優しい魔女に、お礼代わりに歌を…捧げたいの。」
僕は黙って頷いた。
急ぐことでもないし、何より祖母が喜ぶだろうから。
魔女は小さくありがとう、と言って立ち上がった。
目を閉じて紡ぐのは穏やかな鎮魂歌。
幾千もの時を彼女と過ごしたであろう歌。
彼女自身に向けて歌われてきた歌が今、母に向けて歌われている。
森に響くその済んだ歌声は、空へと消えていく。
永久にも刹那にも感じられる時だった。
魂が一緒だからだろうか。
その歌は僕の心までも鎮めていく。
居場所を無くした哀しみも、愛されなかった哀しみも、背負った罪の哀しみも、全てを忘れ、穏やかな気持ちで満たされる。
けれどその時に永遠はない。
歌は終わりを告げ、魔女は祈りの言葉で締めくくると、僕に向き直った。
「―そろそろ、終わらせましょうか。」
出逢った時と変わらない、優しい声で魔女は言った。



8に続く
「お前は彼女―魔女の魂の片割れ。母さんの本当の子供を奪ってその体を手に入れた、犯罪者なんだ。
少しでも罪の意識を持ち、罰を受ける覚悟があるならば――お前の片割れ、魔女を殺しておくれ。」
祖母が頼み事なんて珍しい、なんて思いながら黙って見つめていた。
こんなに小さな人だっけ?なんて思う余裕さえあった。
いや、逃げ道を探していたのかもしれない。
「僕には…出来ないよ…。」
知ってるでしょ?僕がいつも母さんの声に震えてるだけの弱虫だって。
「出来るさ。お前はもう魔女に出逢ったんだから。戻ればあの子が待っている。どうか、救ってやっておくれ。」
物語の代わりに紡がれる祖母の懇願に、僕はようやく納得がいった。
だから貴女だけは僕を大切に育ててくれたんだね。
時には狂う母の壁となってまで、僕を守ってくれたのは――
「―おばあちゃんは僕を守って、育ててくれた。…たとえそれが僕の為じゃなかったとしても、ね。」
僕の言葉に祖母は、はっとして僕を見る。
もう遅いよ…。
「安心して。僕は母さんの元へ帰らなくていいなら何でもするよ。これが今までの恩返しになるならね。
――さよなら、優しい魔女さん。」
いくら魔女でも、祖母は祖母らしく、ただ笑みを浮かべていた。
今にも泣き出しそうな、悲しい笑顔だったけれど。

かつて村から彼女―漆黒の魔女と呼ばれていた―が消えた時、喜ぶ村人の中で唯一涙したのは魔女の母だった。
たった一人の娘を失った彼女は悪魔に願い乞うた。
『娘を救ってくれ』と。
悪魔はその願いを聞き入れ、彼女にそれを成すための時間と鍵を得る術を与えた。
姿を変え、娘のいる森の側の村で結婚し、娘を産み、その娘に器となる子供を産ませる。
悪魔の出した残酷な条件も娘のために成した。
そう、全ては娘の為。

僕は愛されてなんかいなかった。
結局、大事なのは魔女の魂を宿したこの体であって、“僕”という存在じゃなかった。
それでも確かに“僕”という心は存在し、救われた。
いくら感謝しても足りない。
だから祖母の願いなら叶えてみせよう。
たとえそれが、見返りを求めることも許されない、一歩通行の愛情だとしても――



7に続く
小さな小さな村があった。
そこに生まれた一人の少女。
日の光を受けて輝くブロンドの髪、無垢な瞳の彼女は『日溜まり』を意味する名を持っていた。
誰もが少女の美しさを誉め称えた。
しかし呪いは既に始まっていた。
彼女は成長するにつれ、その美しいブロンドを闇の色へと変えていった。
漆黒は不吉を意味する。
人々は手の平を返したように彼女を避けるようになった。
更に彼女は年を取らなくなった。
同じ年に生まれた子が大人へと成長しても、彼女だけは16歳の少女のまま。
ますます人々は彼女を避けた。
彼女が村を出るのも時間の問題だった。

やがて彼女は少しの荷物を手に村を出た。
村から遠く離れた小さな森に辿り着いた彼女は、偶然見つけた小屋に落ち着いた。
彼女はね、死ぬ事を許されない身だったのさ。
前世で犯した罪に縛られた、哀れな存在。
罪を負って魔女に堕ちたのさ。
ずっとこうして生きていくのかと彼女は毎晩涙した。
そんな彼女を救ってやろうと、一人の魔女が現れた。
そして彼女に鍵を与えた。


「その鍵が、お前さんなんだよ。」
祖母の言葉に僕は呆然とした。
僕が…何だって?
「…どういう事?」
「そのまんまさ。お前は彼女を救えるんだ。」
罪を背負って生まれたお前だからね、と祖母は比較的穏やかな声で言った。


魔女は言った。
『貴女の魂を半分でいい、別の体に宿すんだ。人間の子の体に。』
人間の子の魂は消えて、体は貴女の魂に染まるだろう。
子供とはいえ、一人の人間を消滅させるんだ。
貴女の半身は更に罪を背負い成長する。
時が満ちれば貴女を救える。
殺してもらうのよ、その子に。
死をもって罪は償われるでしょう。
さぁ、私に鍵となる魂を渡しなさい。
そしたら時が満ちるまで、この森で歌を歌って待ちなさい。
その美しい歌声で、己に向けた鎮魂歌を――




6に続く
迎えられたのは祖母の部屋。
お気に入りのソファに座ると、テーブルのお菓子が目に入った。
まるで此処に誰か来るのを知っていたかのようだ。
「時間も、紅茶もたっぷりあるからね。とっておきの話をしてあげるよ。」
成長したはずの僕を見ても驚く様子もなく、
かつてと同じくゆったりした動作で紅茶をついでいる祖母に安心して、僕はソファに背を預けた。
「ご覧、あの森を―」
長い夜が始まった―。

「魔女や魔法使いと呼ばれる存在は、どうしてあるのだと思う?」
突然投げ掛けられた問いに首を傾げる。
「人間離れした術を使う種族だから…じゃないの?」
「あぁ、そうさ。種族、普通とは違うから、分けられて名が付けられた。
でもね、彼らが人間であることに変わりはない。世の見方が間違ってるのさ。」
穏やかだった祖母は急に顔を引き締めた。
僕も全身を緊張させた。
「でもね、彼女は本物の魔女なのさ。」
祖母は窓の外を見た。
暗くて雨が降っていて、何も見えないはずだった。
しかし彼女には見えているのだろう。
魔女の森が―



5に続く
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